わたしの小説新潮日記

小説新潮の感想を中心としたブログです

荻原浩「チョコチップミントをダブルで」小説新潮2011年1月号

 今月号の8本の読み切りの特集で、一番、心が満たされた作品です。短編ですが物語には様々な要素が詰まり充実しています。

 主人公の康介(こうすけ)は年1回、12月に誕生日プレゼントを渡すときだけ娘・綾乃に会うことができるバツイチ男です。物語は康介が娘に会うための緊張と心待ちの心情を見事に描写しながら始まります。

 次に、康介の職業遍歴の描写に移ります。10年間勤めた事務機器メーカーでのCE(カスタマエンジニア)部門の業務実態と会社の業績低下の中で過酷な労働を強いられている実態を活写しています。今は個人経営の家具職人ですが受注は芳しくなく、夜間の工事現場の交通誘導のアルバイトをしています。これも個人経営によくある姿です。

 独身サラリーマンが徹夜明けにコンビニ朝食とデザートを1つ買う描写から、結婚を経てデザートが2つになり、娘が生まれて3つになる幸せの展開はこの小説の重要なキーになっていきます。

 事務機器メーカーを辞めたのは娘が小学校に入学するときです。木工所勤めを経て、飛騨高山の工芸の専門学校への単身修学。この間の康介はこれが家族の将来のためにしている選択であるという思い込みがありました。これが身勝手な考えであることに気がつかないのです。康介は離縁されます。

 元妻・史絵は6歳年上の男と再婚の話があります。男は綾乃とも会いたいと言っているとのこと。史絵は綾乃が実の父親を選択するようなら再婚はしないと考えています。

 いよいよ13歳になった綾乃との年に一度の再会の日が近づいてきました。綿密に計画したディズニーシーでの再会を綾乃は希望しませんでした。綾乃が望んだのはかつて親子3人で暮らしていた家から遠くないところにある小さな遊園地でした。遊園地の中にあるアイスクリーム屋で親子3人でよくコーンアイスを食べた印象が強くあるようです。「大きくなったら、ダブルを食べるんだ。」

 綾乃はまたそこでアイスクリームを食べたいと言いました。幸いアイスクリーム屋はそのまま営業していました。二人は20数種類ある中から「チョコチップミント」と同時に叫びます。チョコチップミントをダブルで注文します。康介は誇らしく「2つ」と付け足すところで終わります。

 小説雑誌の短編としては読者の期待を裏切らない職人芸的な「うまさ」です。ストーリーとしても康介の刹那の幸せを享受できます。

 この後、史絵が女としての幸せをどのように得ていくか、康介の幸せは別の方向で自己開拓していかなければならない予感があることなどは読者の想像に委ねています。