わたしの小説新潮日記

小説新潮の感想を中心としたブログです

石野晶「スミス氏の箱庭」小説新潮2010年11月号

 今月号の特集で一番心が震えた作品です。涙腺が完全に決壊してしまいました。題名からは内容は全く想像できませんでしたが私の好きな学園物でした。

 今回は涙腺が決壊してしまった理由を自己分析してみます。

 1つは、ペットを飼ったこともない主人公の松下由枝が「スミス氏」から指名され、戸惑いながらもスミス氏のお世話係をしていくうちにスミス氏に感情移入していく過程が丁寧に描かれています。言葉を持たないスミス氏と松下との交流の進展は甘美でもありました。また、そのことと引き換えに友人を失っていく孤独感の対比はすばらしいの一言です。

 2つには、お世話係の前任者「田中さん」は高校生活の大部分を部活動を辞めてまでスミス氏のお世話係に費やしました。その田中さんのスミス氏への献身的な愛情表出の描き方は絶妙でした。部活動をしていない松下を引き合いに出して田中さんのスミス氏への献身性を描いています。

 3つには、当然ですが、この物語のクライマックスです。体育館に隔離されたスミス氏を檻に移すために生徒会役員たちが体育館に行ったときに突然、裏山が崩れました。スミス氏は身体を張って土砂を食い止め生徒たちを避難させ、土砂の中に消えてしまいました。

 スミス氏が体育館に隔離されるきっかけは高校の閉校を知り、身体の大きいスミス氏が暴れたために、騒ぎが大きくなってしまったからです。東北の寒村の高校に30年来居ついている座敷わらしのような生き物であったスミス氏の遺体は土砂が片付けられても見当たりませんでした。

 しかし、砂場から発見された幾重にも残る箱庭は確実にスミス氏が居たことを物語っていました。箱庭づくりはスミス氏がお世話係と好んでした遊びでした。最後には熊のぬいぐるみと小さな女の子の人形が出てきました。熊のぬいぐるみにスミス氏を思い小さな人形に自分を重ね物語は終わります。

 何と愛おしくて哀しいファンタジー小説でしょう。私はこの作品を読みながら、甘美で哀しい曲調の中にも最後には前を向く勇気を示すようなバラード曲がずっと流れているような錯覚を覚えました。