わたしの小説新潮日記

小説新潮の感想を中心としたブログです

千早茜「しろがねの葉」(最終回)小説新潮2021年11月号

 この作品は豊臣政権末期から徳川幕府初期の頃の石見銀山に生きた一人の女の生涯を描いています。当時4、5歳だったウメが夜逃げした一家からはぐれ、山師の喜兵衛に拾われたところから物語は始まりました。

 喜兵衛はウメに山で生きていく術を教えていきます。喜兵衛に従っていくウメは夜目が利くことから手子(てご)として重宝され、次第におなごでも間歩(まぶ)で稼ぎたいと思うようになります。しかし、喜兵衛は柔らかく、弱く、何も知らない顔をしているのが女の生きる術だと諭しますが、子供のウメにそのことは伝わりません。

 ウメは間歩で初潮を迎えます。それ以降、ウメは間歩に入ることはできなくなり、女として生きることの意味や現実に直面しながら成長していきます。

 あるときウメは2人の男に犯されます。十分成熟していなかったウメは子を孕みますが流産してしまいます。

 時代は徳川の世になり、大久保長安が石見に赴任してきます。大久保はこれまでの銀山開発とは違う大規模な開発をするようになります。このやり方に反発した喜兵衛は石見を去っていきます。

 喜兵衛への思慕を抱きながらも、残されたウメは幼なじみの隼人と所帯を持ちます。かつて喜兵衛が男は女がいないと生きていけないものだと語っていたことを思い出しますが、女も男がいないと生きていけないと割り切ったのです。その隼人もウメと3人の子を残し他の堀子(ほりこ)同様、若くして吐血して死んでしまいます。その後、竜(りゅう)と再婚し2人の子を産みますが、その竜も銀の毒で亡くなります。

 ウメは夜目が利くことから男であれば腕の良い堀子になれたはずです。また、「蛇の寝御座」という銀を吸った羊歯(しだ)を見つけられる天性の感覚とともに喜兵衛に鉱脈の見つけ方を伝授されていたので優秀な山師にもなれたはずです。しかし、時代が変わり、開発の仕方も変わりました。

 最後は子供の頃、喜兵衛と暮らした仙ノ山の小屋で一人静かに銀山の行く末を思いながら余生を送るところで物語を終えます。

 子を産み、夫が死ねば次の夫の子を産み育てることが銀山で生きる女の定めであり、そこからは逃れられない現実を描いています。自分の置かれた状況を受け止め、生涯思慕の念を持ち続けた男がいても、その時々の夫を愛し生きたウメです。

 人は才能があっても誰もがその才能を開花できるわけではありません。置かれた状況のなかで「しなやかに」あるいは「割り切る」生き方も自己実現の一つであることを提示しているのかもしれません。

「こんな作品が読みたい!予選委員が教える、投稿原稿のABC」小説新潮2021年10月号

 今月号では「下読みぶっちゃけ座談会」と題し、「新潮ミステリー大賞」の一次選考に長年携わっている3氏の座談会が収録されていました。

 座談会の最後に「応募原稿の8箇条」をまとめています。私は小説を書く才はありませんが、読者の立場からも、ある意味、生き方にも通じる納得の提言だと思いましたのでご紹介します。

 以下、「 」が条文、( )は編者の解説、→以降は私の感想です。

1 「募集要項をとことん読みこむべし!」(二重投稿の禁止など当たり前を守ることが大事)→まさに法令順守。世の中のルールは守りましょうということですね。

2 「読みにくさで物語を壊すまじ!」(見にくい表記や誤字脱字で読者の心は離れていく)→例えば、本誌連載の「11番目の色」(重松清)で作者は「障碍」という表記を使っています。この作品は障害児をもつ親の気持ちを丁寧に扱っていていい作品だと思います。しかし恐縮ですが、この表記を見ると途端に心が離れてしまいます。何事も独りよがりと思われないようにすることが大事ということかと思います。

3 「締切3か月前に原稿を書き上げるべし!」(時間をおいて読むと作品の穴が浮かび上がる)→何事もゆとりをもって取り組むことが大切ということですね。

4 「応募前に読んでくれる人を見つけるべし!」(書き手の想いが伝わっているかは読み手にしかわからない)→想いや主張が強いほど他者に伝わっていないことを経験しています。他者の声に耳を傾けよということですね。

5 「ステレオタイプには逃げるまじ!」(誰でも書ける作品は誰の心にも響かない)→自分の強みを磨くべしということに通じますね。

6 「削る勇気を持つべし!」(物語の長さと読者を楽しませる難しさは比例する)→長いだけでつまらない小説が普通に刊行されていますね。長編ならせめて各章や節の段階で小さな山場を提供してほしいものです。削る勇気は真摯な生き方に通じる考えだと思います。

7 「流行に身を任せるまじ!」(流行のジャンルや題材には様々なハードルが・・・)→奇想天外な作品でもその中で一貫したリアリティ(“この前提ならそういう現実があってもいいよね”という感覚)が共有できると嬉しくなりますね。どんな場面でも自分のスタイルを見失わないということかと思います。

8 「たくさんの作品を読んで未来のライバルを見定めるべし!」(世間のエンターテイメントを知れば自分の力も見えてくる)→見聞を広めよということですね。最後にすばらしいエールです。

原田マハ「晴れの日の木馬たち」(第3回)小説新潮2021年9月号

 作品のあらましを初回(7月)号のキャプションから引用すると、「病の父を支えるために倉敷紡績で働く16歳の少女が、いかに作家となり、1920年代のパリで生きるに至ったか・・・女の一生」を描く「著者初の大河小説」とあります。

 まだ始まったばかりですのでどのような展開になるかはわかりませんが、初回のプロローグからヘミングウェイと関わりのあった日本人が主人公ということだけは記憶に残っていました。

 物語は1910年に遡り、主人公・山中すてらが紡績工場で寮生活をしながら働く様子から始まりました。すてらの溌剌とした性格と知識欲旺盛な同年代の女工たちに、いっぺんに魅了されてしまいました。初回からこの作品は名作になる予感がしています。

 さて、今月号はすてらの両親について描かれている回です。

 すてらの母・トメは10歳のときに人買いに売られ豪商の下女となっています。しかし、豪商の次男の子を孕むとそのまま放逐されてしまいます。赤貧の中で育ちましたので猜疑心が強くなるのはやむをえない面はありますが、粗野で偏狭な人物として描かれています。

 一方の父・又八は清貧の人として描かれています。又八の両親は苦難の中でキリスト教に出会い入信します。生まれた又八もクリスチャンとして育ちます。又八は10歳までに両親を亡くし、父の残した棒手振りの仕事をして糊口を凌いでいました。

 又八は14歳の時に露頭に迷っているトメと出会い、生まれてくる子を自分の子供として育てます。又八はトメがいずれ捨てるから名前は「すて」と言い放った赤子を教会に連れていく道すがら「すてら」と命名しようとしたところで第3回が終わります。貧しくとも信仰と無私の愛をもった又八に胸を打たれる神回でしたね。

彩藤アザミ「峠の一家」小説新潮2021年8月号

 8月号は毎年恒例の怪談特集です。ホラー雑誌ではないのであまり怖いのは困りますが、今年の作品群は怖さのレベルが例年より上がっていたように思います。中でもこの作品が一番怖かった~。カレーの辛さで例えると「5」の激辛です。

 それではさっそくあらすじに移りましょう。

 車で旅行を続ける大学生の黒川と井橋は山中で一人の老婆を助けます。老婆に勧められるまま老婆の家に泊まることになった二人を迎えたのは綺麗な女性でした。老婆の娘の須磨子です。

 翌朝二人の前に少女が現れます。昨晩山中で迷い今朝無事に戻ってきた孫の美代です。しかし、美代に対する老婆や須磨子の冷たい態度に二人は当惑します。

 朝、この人たちは自分の前世が何者であったかわかると自分の前世を語りはじめます。その時、突然、須磨子が錯乱します。この女系家族は何かの弾みで前世の記憶に囚われて錯乱する性癖を引き継いでいるといいます。その後、昨晩老婆が助けを求めたのは迷子になったわけではなく、女系を維持するために男を誘っていたのだと美代から聞かされます。

 一刻も早くこの家から逃れるために車を発車させようとすると老婆に強く引き止められます。その時、美代が突然車に乗り込み早く発車させるよう懇願します。

 老婆を振り切り車中で安堵しますが、井橋はあることに気づきます。老婆と須磨子は前世で亡くなるまでの話をしていたのに対して、美代は四歳のときに誘拐され殺されたあとのことまで話していたのです。

 美代の前世は被害者の女の子ではなく殺人鬼の生まれ変わりではないのか、また、老婆と須磨子が美代と距離を置いていたのは美代が前世のことで錯乱することを恐れていたからではないのかと気づいたのです。

 全貌を悟った井橋はサービスエリアで美代をまき急いで車を発進させます。それに気づいた美代は男の声と顔に変貌し車道を追いかけてきます。それでも何とか振り切りました。

 その後運転を代わった黒川は井橋をアパートに送ったあと自宅マンションに戻ります。地下駐車場に車を止めるとトランクから何やら鈍い物音が・・・。黒川は高速で渋滞に捕まったことを思い出し蒼白になって走り出したところで物語を終えます。

 途中怖かったけれど無事に帰れてよかったなぁと安堵させておいて最後の最後に追い打ちをかける手法です。背筋が凍りました。特集名は「ずっとこわいはなし」でした。

今野敏「探花 隠蔽捜査9」(第10回)小説新潮2021年7月号

 今シリーズで登場した八島警務部長。同期入職中、トップの成績で入庁したことが誇りで、そのまま最高位まで昇り詰めることが人生の目標のような人物です。同期入職3位の竜崎刑事部長に対しても余裕の態度で接していましたね。

 竜崎は何となく八島と距離を取っていた印象でしたが、事件に関係する情報を知っているとみられる八島と面会したのが今月号でした。

 八島への追及は圧巻でしたね。一度左遷を経験している竜崎とは辛酸の舐め方や現場経験に違いがあり過ぎ、一枚も二枚も竜崎の方が役者が上だったようです。八島は事件の背後関係をあっさり白状してしまいました。「なあ、君は官僚だろう。大西先生に貸しを作っておいて損はない」・・「俺は、ただの官僚じゃない。警察官僚だ」・・かっこいい!(作者さんが楽しんで書いているのが目に浮かびます)

 八島の処遇を佐藤本部長から問われた竜崎は「捜査に協力させればいい」と八島を活かす意向を伝えます。竜崎に活かされる八島は竜崎の信奉者になるのか復権を誓うのか、このあとどんな官僚生活を送るのでしょう?

 事件の全貌は見えてきました。あとは息子の邦彦の失踪と「探花」の意味をどうストーリーに組み込むかですね。期待しています。

パリュスあや子「光を飾る」小説新潮2021年6月号

 今月号でもっとも気に入った作品です。標題も綺麗でいいですね。

 この作品で「額装」という仕事を初めて知りました。「石」や「枝」を額装していることや額装の作業工程が随所で詳細に描かれています。それがとても新鮮でした。

 ストーリーは主人公の茜が額装に魅せられて、フランスで額装職人として修業していく過程で、家族を思うことと、やりたい仕事の選択に悩みながら、結局はやりたい仕事を選択するまでを描いています。

 ストーリーを構成する要素はシンプルですが巧みです。家族を思うことについては、茜とフランス人のディミトリと日本人留学生の侑果(ゆか)の3人で対比させています。修業先の店主の息子であるディミトリが父をリスペクトし素直に家族愛を表現するのに対して、茜は両親の反対を押し切ってフランスに来ていますので、ディミトリの素直さを苦々しく感じてしまいます。また、フランスで映画を学んでいる侑果も両親と喧嘩してフランスに飛び立っていますので、どちらかというと茜寄りの家族観です。家族愛についての文化の違いを作者はうまく表現していると思います。

 さらに文化の違いについては、茜が道具に「AKANE」とシールを貼っているのに対して、フランスの職人は道具はシェアするものと自分の道具に頓着しない様子を描いています。一方で、茜と一緒に仕事をする過程で茜方式の丁寧な梱包を真似るようになったことなどを描いています。こうした違いも興味深いですね。

 物語が転換する重要な場面は家具職人である父親が大怪我をするところです。実際はそれほどの怪我ではなかったのですが、茜は仕事を中断して見舞いに行くべきか、ゆくゆくは日本で家業を継ぐべきか、今の仕事を続けるべきか悩みます。

 ここでも侑果の位置づけ(役割)が効果的です。作者は茜の決断を後押しする役割を侑果に担わせています。侑果は自分が賞を取った作品のフィルムの一部を額装し両親にプレゼントするのだといいます。侑果は額装を茜に依頼するとともに、その作業工程を撮影します。後日その映像をみた茜は自分の弱点を見つけ、納得できる作品ができるまで帰省を見合わせると割り切ったところで物語を終えます。

 テーマの新鮮さ、構成の巧みさ、ストーリーのわかりやすさとともに、感情表現の豊かさにも共感しました。例えば、「君も何かの職人なんだろう?」に対して「ひどく動揺した」「私が職人に見えるんだ?」「否定はしなかった」あるいは、「信じられない」「愛情を隠さない」「嬉しかった」「足が止まった」「父の言葉を聞くのが堪えがたかった」「グッとのどが詰まった」「目をしばたいた」「心は決まっていた」などなど、文章の半分以上が感情表現の印象です。

宮島未奈「ありがとう西武大津店」小説新潮2021年5月号

 この作品は今年(2021年・第20回)の「女による女のためのR-18文学賞」で史上初の大賞と読者賞と友近賞の3冠を達成しました。

 作者は主人公の「わたし(島崎)」の幼なじみの成瀬がひと夏の思い出づくりを実行する過程で起きるいくつかの出来事を「わたし」の視点で描いています。

 物語は長年地元で親しまれてきた唯一のデパートが8月31日をもって終了するところから始まります。ローカル局では8月からの1か月間、夕方のニュース番組で閉店までのカウントダウン中継を実施することになりました。

 成瀬は思い出づくりと称して、この中継に毎日映り込むことを実行します。成瀬はただ自分のために実行しているだけです。島崎に参加を求めることはありません。誰かに存在を認めてほしいわけでもありません。

 島崎は時には一緒に中継場所に出向くこともありますが、基本的に成瀬の行動を見守っているだけです。

 作者はカウントダウンがあるからといって次第に高揚感を高めるわけではなく、閉店を感傷的に捉えるわけでもなく、クラスメートが番組に映っていても教室内を盛り上げることもしません。物語は淡々と進行します。それでもこの作品は印象に残ります。

 選者の辻村深月氏は「中学生の日々は常に、自分に何もないことと格闘する日々であることにも気づかされ、普遍的な青春時代の何もないと闘う彼女たちの記録がたまらなくいとおしい。かつ、この感覚は実は大人であっても現在の私たちが多かれ少なかれ只中に持つものだとも感じ、だからこそ作中の成瀬の一見たわいのないように見える挑戦がこんなにも眩しいのでしょう」と評しています。

 同じく選者の三浦しをん氏は「しょうもなさの陰に、実は切なさやいまが刻印されているのも本作の優れたところだと思う」「リズムのある文章でとても楽しかった」と評していました。

 読者賞を受賞する作品は大体、文章にリズム感があり、ストーリーがわかりやすく、それでいて自分に重なる部分の感じられる作品が多いように思います。

 作者は熱い友情や高みをめざす挑戦ではなく、中学生の温い友情や等身大の挑戦を描いています。身近な日常を描いて惹きつけるのは難しいことと思いますが、作者はそれに成功しています。また、成瀬の行動を「わたし」の視点で描写したのも功を奏したと思います。